文・西川恭(Chico)
「習慣」というリズム
日々の暮らしに心地よいリズムをもたらすのは、ちょっとした「習慣」だ。
NHKの連続テレビ小説、いわゆる「朝ドラ」は、そういう人の習性をうまくとらえたフォーマットだとつくづく思う。月曜日から金曜日の毎朝15分。祝日の場合、前後の番組は祝日編成になるが、朝ドラだけは祝日などどこ吹く風といったすまし顔で、変わることなく朝8時にはじまる。
視聴者は半年に渡るシリーズを見終えると、少しの寂しさを感じつつ、しかしほぼ自動的に翌週から新シリーズを見始める。これが「朝ドラ」視聴者のあるべき姿ではないだろうか。面白そうだから見る、面白くないから見るのをやめるなどといっているようでは、まだまだ青い。

僕が、そういう“朝ドラ人間”となったのは2023年度後期の『ブギウギ』からだから、比較的最近のことだ。ブギの女王・笠置シヅ子がモデル、そこには当然、彼女の師である作曲家・服部良一も関わってくる。これは見ておかねばと、なかば義務感で見はじめたつもりが、『ブギウギ』終了後、あたりまえに『虎に翼』『おむすび』『あんぱん』『ばけばけ』と見続けて、放送中の『風、薫る』に至っている。
実をいうと『ブギウギ』以前にも、作曲家・古関裕而をモデルにした2020年度前期の『エール』を見ている。この時は、次作の『おちょやん』をひきつづき見るということはなかったのだが、それは別に『エール』のせいでも『おちょやん』のせいでもない。
なにしろ僕が朝ドラに触れたのは、実に昭和58年度の『おしん』以来、約40年ぶり。習慣を獲得するにはいささかブランクが長すぎた。まして当時はコロナ禍で、『エール』は一時期撮影・放送の中断を余儀なくされた。僕自身だって歌声喫茶を休業することになり、日常がままならない時期だったのである。
たわむれに朝ドラ主題歌を再設定
ところで朝ドラといえば、話題となるのが主題歌だ。『マッサン』の「麦の歌」、『あさが来た』の「365日の紙飛行機」、『ひよっこ』の「若い広場」、『だんだん』の劇中歌「いのちの歌」など、僕たちの歌声喫茶でも「朝ドラの〜」という文脈でリクエストをいただき、皆でうたった歌が数曲ある。朝ドラ主題歌は、僕を含む「中高年層」が新しい歌に親しむ貴重な機会のひとつになっている。
つけ加えると、歌声喫茶では昭和47年度の『藍より青く』の主題歌「耳をすましてごらん」もリクエストでとりあげていて、そういった意味では、朝ドラ主題歌は僕のような「若中年層」が往時の名曲に触れるきっかけでもある。
そんな中での最近の僕の楽しみは、歌声喫茶の愛唱歌の中から、自分なりに朝ドラ主題歌を再設定してみることだ。本来の主題歌が気に入らないわけではもちろんなく、頭の中でのたわむれとして。

たとえば、『ブギウギ』は主人公が幼少期から愛唱していた「恋はやさし野辺の花よ」。
『虎に翼』は、日本国憲法施行の年にラジオから流れたこの曲。江間章子さんが理想の世界・希望の街を描いた「花の街」がいい。
『おむすび』は兵庫県にゆかりのある国民歌謡「春の唄」。
『あんぱん』は、物語の重要な舞台が高知県だからどうしてもこうなる、やはり「南国土佐を後にして」。
『ばけばけ』はおトキさんとヘブンさんの睦まじい姿から「あなたと共に」が頭に浮かんだ。
そして現在放送中の『風、薫る』は、イギリスの詩人クリスティーナ・ロセッティの詩を西條八十が訳した童謡「風」がぴったりだ。
わが家の視聴作法
習慣の話に戻ると、僕の朝ドラ視聴はリアルタイムではなく、仕事を終えた一日の終わりに録画を見る、というスタイルだ。録画だからどうにでもなるものだが、主題歌は早送りせずに、映像やクレジットを眺めながらその時間を味わう。それが自然とそうなったわが家の作法であり、当然のことながら倍速視聴などもってのほかだ。
こうした習慣が続いているということは、そこに平穏な生活があることの証左であろう。ささやかな幸せをかみしめながら、明日も15分間の物語に浸るのだ。(終)
