久我山明の名前で日本で作曲活動をしていた韓国の作曲家・孫牧人(ソン・モギン)氏が、作詞家の大高ひさを氏の元に自作の曲を持ち込んだことから誕生した曲です。
作詞の大高ひさを氏はテイチクの専属作詞家で、田端義夫さんの「玄海エレジー」や菅原都々子さんの「江の島悲歌」、石原裕次郎さん・牧村旬子のデュエット「銀座の恋の物語」などのヒット作を手がけています。
哀しみを帯びたブルース調の曲を聴いた大高氏は、かつて見た映画『望郷』(1937年・仏、監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ)のイメージが頭に浮かんだのだそうです。そして、パリからアルジェリアのカスバの街へ逃れ、潜伏生活を続ける男、ジャン・ギャバン演じる主人公ペペを女性に置き換え、故郷へ帰ることのできないその身を嘆くブルースとして仕上げたといいます。2番の歌詞、目をつぶると浮かんでくるセーヌ川、シャンゼリゼ通りのマロニエ並木、ムーラン・ルージュなどに、故郷パリへの想いが溢れています。
映画『望郷』には主人公ペペをとりまく女性たちが登場します。お尋ね者であるペペを慕い、彼をかくまっている女性イネスはまさにカスバの女。一方で、この地に旅行に訪れたフランス女性ギャビーは主人公ペペにとって、故郷パリの香りをまとった魅惑の存在。また、ペペの仲間の妻で、元・歌手のタニアもパリへの郷愁を歌う場面で存在感を放っています。
「カスバの女」の歌詞は、彼女たちをそのままモデルとしたわけではありませんが、それぞれの女性とどことなく重なるところも感じられます。
映画と歌の舞台「カスバ」とはアルジェリアの首都アルジェの旧市街の一画の名称です。元々アラビア語で「要塞」を意味する言葉で、19世紀のフランス植民地時代にこのような呼び名となりました。街は標高約120mの丘の斜面に広がっていて、石畳の細い路地と階段が迷路のように入り組み、その上には密集する家屋のテラスが張り出しています。アルジェのカスバは地中海沿岸のイスラム都市として、その景観が北アフリカやその周辺の都市にも文化的な影響を与えた点が評価され、1992年に世界文化遺産に登録されています。