懐かしい歌をギター生伴奏で

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童謡

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明治20年(1887年)、長野県下高井郡新野村(現・中野市)に生まれた作曲家・中山晋平は、父親が早くに亡くなり家計が苦しかったため、尋常小学校卒業後は進学を断念し、家の農事を手伝っていました。 一年程の後、向学心の高かっ… 続きを読む →

更新日:2026/03/18(水)

1925年(大正14年)の『コドモノクニ』正月臨時増刊号で発表されました。 二番は2ヶ月ほど後に続編「雲の蔭」として発表された、いわば派生作品であり、歌詞の視点が変わり、旋律も若干異なっているところがポイントです。 昭和… 続きを読む →

更新日:2026/03/17(火)

1924年(大正13年)に雑誌『コドモノクニ5月号』で発表。 中山晋平の出身地である長野県中野市の中野市市民会館は、2022年に愛称を募集し、選考の結果、本楽曲「兎のダンス」にちなんだ「ソソラホール」という愛称が付けられ… 続きを読む →

更新日:2026/03/17(火)

大正11年6月、新潟の童謡音楽会に招かれた北原白秋は、小学生たちから地元・新潟にちなんだ歌を作ってほしいと言われました。白秋は約束通り詞を書き上げ、作曲を中山晋平に依頼、9月に雑誌『小学女生』で発表されました。 詩の舞台… 続きを読む →

更新日:2026/03/17(火)

日露戦争(明治37〜38年)後、日本は南満洲鉄道を拠点に大陸への進出を図り、旧・満洲(中国東北部)には多くの日本人が入植しました。 「ペチカ」は、この地に暮らす学童たちの唱歌教材として、南満州教育会の依頼によって作られた… 続きを読む →

更新日:2026/01/30(金)

1971年にNHK「みんなのうた」で発表され、少年とその父親の想いを描いた愛唱歌として現在まで歌い継がれています。 フランスの作曲家ビゼーの歌劇『美しきパースの娘』で歌われるアリア「セレナーデ」を原曲に、作曲家・編曲家の… 続きを読む →

更新日:2024/04/11(木)

昭和30年11月3日に開催されたNHK放送芸能祭『秋の祭典』では、西條八十、佐伯孝夫、藤浦洸、菊田一夫らヒットメイカー詩人の作品を、服部良一、古関裕而、飯田三郎、米山正夫らに作曲を委嘱して新しい歌を発表しました。「ちいさ… 続きを読む →

更新日:2023/09/10(日)

1946年8月25日、NHKラジオ番組『空の劇場』で、東京の本局と静岡県伊東市立西国民学校を結ぶ二元放送で発表されました。歌詞と曲ができあがったのは放送の前日だったという、なんとも驚きのエピソードがあります。 作詞者の加… 続きを読む →

更新日:2023/04/17(月)

詩人・鹿島鳴秋氏は、同じく童謡詩人の清水かつら氏(叱られて、靴がなる、みどりのそよ風)とともに雑誌『少女号』の編集に携わり、童謡「浜千鳥」は大正8年にこの雑誌で発表されました。 冬の浜辺で親を探し求めて鳴く千鳥の姿を歌っ… 続きを読む →

更新日:2022/12/03(土)

雑誌『コドモノクニ』で発表されました。 北原白秋と中山晋平のコンビによる曲はほかに、童謡「砂山」や芸術座公演の劇中歌「さすらいの唄」などがあります。 【関連記事】映画『シンペイ〜歌こそすべて』鑑賞記〜作曲家・中山晋平の生… 続きを読む →

更新日:2022/04/10(日)

作曲者の末広恭雄氏(1922〜1988)は東京大学農学部水産学科教授の水産学者で、作曲家としては山田耕筰に師事したというユニークな経歴の持ち主。 末広氏の中学時代の音楽の先生は、言文一致唱歌を提唱し多くの唱歌を作曲・編纂… 続きを読む →

更新日:2022/04/10(日)

詩は三木露風の子供のころへの郷愁から生まれたものといわれます。1921年(大正10年)に発表され、のちに山田耕筰が曲をつけました。 三木露風は昭和3年から昭和39年に亡くなるまでの36年間、東京都三鷹市に暮らしていました… 続きを読む →

更新日:2022/03/01(火)