歌のモチーフは、1907年(明治40年)から「やまと新聞」で連載された泉鏡花の小説『婦系図』を原作とし、その後多くの舞台や映画となった、主人公・早瀬主税(はやせ・ちから)とお蔦の悲しい別れの物語です。
原作小説は、主人公・早瀬主税(はやせ・ちから)とお蔦の別れのいきさつを描く前編と、静岡に移り住んだ主税の、ある種の復讐劇と、日蝕の不吉な空の下での衝撃的な最期を描く後編からなります。しばしば名場面として語られる主税とお蔦の湯島天神での別れのシーンは原作小説にはなく、後に舞台化される中でできあがったものです。
発表当時の歌のタイトルは「婦系図の歌」。戦後、大映映画『婦系図〜湯島の白梅』が作られた際に歌のタイトルもこれに合わせて「湯島の白梅」となりました。
歌詞は、湯島天神に咲く梅の花を前に、「ああ白梅よ、この場所に残る二人の想いを知っているのでしょう」と語りかけるように始まります。単に物語の場面を再現するのではなく、冒頭で湯島天神を前に物語を思い出し、お蔦と主税を偲ぶ視点を示し、聴くものを物語の世界へと誘うあたり、作詞家・佐伯孝夫氏ならではの洒落た詩心のなせる業と感じます。
佐伯孝夫氏は、戦前には灰田勝彦さんの数々のヒット曲を、戦後はフランク永井さんの都会派歌謡で一世を風靡した昭和の歌謡界にこの人ありと言うべき大作詞家。
「湯島の白梅」は、歌舞伎をはじめとする日本の芸能、古典・文芸に精通し、同時に時代の先端をゆく言葉のセンスを持ち合わせた佐伯氏らしい洒落た描き方で「婦系図」を取り上げたものと言えます。
【参考文献】
金子勇『ミネルヴァ日本評伝選 𠮷田正』(ミネルヴァ書房)
西沢爽『雑学艶歌の女たち』(文藝春秋)※
※国立国会図書館デジタルコレクション
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