岸惠子さん、佐田啓二さん主演の松竹映画『あなたと共に』は、『愛染かつら』『君の名は』など松竹の十八番ともいえるメロドラマ作品。映画としては芳しい興行成績は得られませんでしたが、津村謙さんと吉岡妙子さんのデュエットによる主題歌は大ヒットしました。
作曲の吉田矢健治氏は明治大学マンドリン倶楽部の出身。三橋美智也さんの「夕焼けとんび」や「山の吊橋」、バーブ佐竹さんの「女心の唄」を作曲しています。
作詞の矢野亮氏は、こちらも明治大学出身で、小畑実さんの「星影の小径」、三橋美智也「リンゴ村から」などを手がけています。
吉岡妙子さんは、戦後のビクター新人歌手オーディションで、「港が見える丘」の平野愛子さんらと共に、3000人から選ばれた7人のうちの1人。感傷的な“泣き”の歌からラテン風、シャンソン風の曲まで幅広くこなす美声は耳に心地よく、東辰三氏、𠮷田正氏、佐伯孝夫氏、井田誠一氏ら当時の第一線の作詞・作曲家の作品を吹き込んでいることからも、大きな期待を受けていたことがうかがえますが、残念ながらビクター社ではヒット曲に恵まれませんでした。
ちなみに吉岡妙子さん歌唱で昭和26年に発売された「東京の星空」(作詞:佐伯孝夫/作曲:𠮷田正)を聴くと、後の昭和30年代に一世を風靡することになる都会派𠮷田メロディー(例えば「有楽町で逢いましょう」「東京の人」など)のフォーマットが、この頃すでにできあがっていたことがわかります。
その後、病気療養を経てキングレコードに移籍、「あなたと共に」で大ブレイク。「私の幸福は何処へ」で昭和31年の紅白歌合戦に出場を果たしたほか、同じ吉田矢・矢野コンビニよるラジオ歌謡「南のセレナード」や、服部良一氏が「五木の子守唄」をラテンアレンジした「五ツ木ルンバ」など洒落の効いた作品も発表しています。また、高野公男作詞・船村徹作曲の「ブルースを唄う女」という曲があるようです。高野・船村コンビとしては「別れの一本杉」発表後の売り出し中だった時期だと思われます。これは未聴なのですが、聴けるものならぜひとも聴いてみたい1曲です。
【参考文献】
田村しげる・著『歌手生活うらおもて』(新興音楽出版社)
喜早哲・著『日本の抒情歌』(誠文堂新光社)
※国立国会図書館デジタルコレクション

