昭和18年(1943)に公開された東宝映画『伊那の勘太郞』主題歌(監督:滝沢英輔、主演:長谷川一夫、山田五十鈴)。映画は、幕末の時代、土地の親分との争いで三年前に姿を消した勘太郎が、故郷・伊那に戻り、勤王の志士・天狗党の手助けをするという物語です。
昭和18年、戦時中にもかかわらずこうした娯楽映画が公開できた背景には、勘太郎が尊王攘夷派の手助けをするというストーリー展開により、当局の検閲を通ったことがあるようです。
この映画や曲が作られたきっかけには、次のようなエピソードが作詞家・藤浦洸氏のエッセイで語られています。
『大菩薩峠』『無法松の一生』を手がけ、日本映画の基礎を築いたと言われる映画監督・稲垣浩氏は《イナカン》のニックネームで呼ばれていました。当時、銀座のバーに集い、語らっていた映画界・レコード界の仲間の間で「《イナカン》をもじって『伊那の勘太郎』とか何かの物語を作ってはどうか」と盛り上がったというのです。
歌詞に出てくる「天竜川」は、長野県から愛知県、静岡県を経て太平洋へと注ぐ長さ213km、日本で9番目の長さの川です。天竜川という名称は、元々は、天から降った雨が諏訪湖へ流れ出て川の流れとなることから「あめのながれ」と呼ばれ、のちに「天流」と音読みされるようになった、という説があります。
昭和8年に芸者歌手・市丸さんが歌った新民謡「天龍下れば」で描かれた天竜川の舟下りは、大正6年に始まり、2021年に一時休止したものの現在は再開され、長野県飯田市の観光の目玉となっています。
【参考文献】
藤浦洸・著『なつめろの人々』(読売新聞社)