菊池寛原作の同名小説の映画化で、曲は《日本の映画主題歌の第一号》となりました。
《昔恋しい銀座の柳》で始まる歌詞の通り、かつての銀座通りにはヤナギの街路樹が植えられていました。
銀座通りの街路樹の歴史をみると、明治7年(1874)に植えられたのクロマツとサクラが、明治13年頃、川や堀に囲まれた銀座の環境に合わせて、水や湿気に強いヤナギに植え替えられたのです。けれども、そのヤナギは大正12年の関東大震災で過半数が消失してしまいました。
映画主題歌「東京行進曲」で東京という街を1枚の絵にしようとした西條八十は、まずはじめに銀座が心に浮かび、その象徴として欠かせなかったのが「柳」の存在でした。それは、牛込払方町(現在の新宿)に生まれ、昔ながらの東京を眺めて育った八十だからこその感慨だったのかもしれません。
ちなみに、西條八十が書いた一番の終わりの歌詞は、元々《明けりゃ彼女の涙雨》でしたが、作曲者の中山晋平の強い要望で《明けりゃダンサーの涙雨》に書き換えることになりました。「ダンサー」という外来語によって弾むような雰囲気を強調したい、というのが中山晋平のねらいだったそうです。
【参考文献】
西沢爽・著『雑学東京行進曲』(講談社)※1
筒井清忠 『西條八十』 (中央公論社)
※1:国立国会図書館デジタルコレクション

