「冬の星座」の項でも触れているとおり、昭和22年(1947年)という年は教育基本法の交付、日本国憲法の施行にともない、音楽の教科書すなわち文部省唱歌もさまがわりしました。
昭和22年に『五年生の音楽』(文部省発行)に掲載された「灯台守」は、もともと明治22年(1889年)に唱歌「旅泊」(作詞:大和田建樹)として、また、明治39年(1906年)には「助船」(作詞:佐佐木信綱)として、それぞれ別の歌詞で発表されています。
助船(作歌:佐々木信綱)
烈しき雨風 天地くらく
山なすあら波 たけり狂ふ
見よ見よ かしこに あはれ小舟
生死の境と 救もとむ救を求むる 聲はすれど
この風この波 誰もゆかず
見よ見よ こぎづる 救小舟
健のをのこら 守れ神よ
「灯台守」の歌詞に見られる荒波のイメージは、上記「助船」に描かれる情景や表現と重なるところがあります。「助船」のイメージを一部借りつつ、戦後版の新しい唱歌「灯台守」の歌詞が作り出された、ということになるかと思います。
原曲は外国曲で、1881年にアメリカで出版された『フランクリン・スクエア・ソングコレクション第一集』に収められている「The Golden Rule」という教会の日曜学校などで歌うための曲であったことが、一橋大学名誉教授の桜井雅人氏によって調査されています。この『フランクリン・スクエア〜』は、「Songs and Hymns for Schools and Homes, Nursery and Fireside」という副題が付いていて、概していえば学校唱歌や讃美歌、ホームソングを集めた児童・生徒のための愛唱歌集です。
「The Golden Rule」は『フランクリン・スクエア・ソングコレクション』が発行される10年ほど前、1870年にアメリカのウィルソン・ヒンクル&カンパニー社から出版された唱歌・讃美歌集『DAY-SCHOOL SINGER for Public and Private Schools』にも収められており、そこには作者として「I.J. Zimmerman」のクレジットが見られます。ただ、このI.J.ジンマーマンなる人物については、残念ながら経歴・詳細等何もわかりません。
「ゴールデンルール」とは一般に「黄金律」と呼ばれ、「自分にしてもらいたいように人に対してせよ」という宗教や哲学における格言として知られています。原曲の歌詞ではまさにその意味の言葉が次のように歌われています。
《To do to others as I would that they should do to me.》
【参考文献】
「旅泊」その他-外国曲からの唱歌四曲/櫻井雅人
一橋論叢 第134巻 第3号 平成17年(2005年)9月号

