1925年(大正14年)の『コドモノクニ』正月臨時増刊号で発表されました。
二番は2ヶ月ほど後に続編「雲の蔭」として発表された、いわば派生作品であり、歌詞の視点が変わり、旋律も若干異なっているところがポイントです。
昭和に入りレコード化された際に、これら二編をあわせて一曲として収録されました。
大正11年創刊の児童雑誌『コドモノクニ』は絵画を中心に、童話や童謡、楽譜、踊りの振付などが盛り込まれ、先行する『赤い鳥』や『金の船/金の星』といった児童雑誌と共に、この時代の児童文化の中心的な役割を担いました。

