昭和13年の夏、軽井沢に避暑に訪れていた西條八十のもとに作詞の依頼が舞い込みます。川口松太郎氏の小説を原作とする、田中絹代さん、上原謙さん主演の松竹映画『愛染かつら』(監督:野村浩将)の主題歌です。しかも、「急いでいるので明日の朝までにレコードの両面分の2曲を」という無理難題。
しかも、あろうことかその晩、依頼に来たコロムビアレコードのディレクターと飲み過ぎて寝てしまった八十は、翌日の早朝2時間ほどで作詞を仕上げねばなりませんでした。
限られた時間の中で、八十は詩のディテールよりも聴き手の印象に残る歌い出しの言葉を重視して一気に書いたと言います。この時の詩作について八十は、当時「人生の並木路」や「青い背広で」など流行歌のヒット作を連発していた詩人・佐藤惣之助の名前を挙げて「惣之助の手口」と呼んでいます。
前年にデビューした歌手・霧島昇さんは本作の大ヒットを皮切りに「一杯のコーヒーから」「純情二重奏」「誰か故郷を想わざる」「蘇州夜曲」など第一線の人気歌手に。また、すでに人気歌手だったミス・コロムビアさんと本作で共唱したことをきっかけに二人は結婚、おしどり夫婦として知られました。
作曲の万城目正(まんじょうめ・ただし)氏は東洋音楽学校出身で、作曲家・佐々木俊一氏(「新雪」「高原の駅よさようなら」など)とは同級生。卒業後は共に浅草の映画館での演奏を経て、佐々木氏はビクターへ、万城目氏は松竹の音楽部に入社しました。松竹/コロムビアで「リンゴの唄」「悲しき口笛」「東京キッド」「この世の花」など数々の映画主題歌を手がけ、それらは“万城目メロディー”と呼ばれて親しまれました。
【参考文献】
西条八十・著『あの夢この歌:唄の自叙伝より』(イヴニングスター社)※
藤浦洸・著『なつめろの人々』(読売新聞社)
※国立国会図書館デジタルコレクション
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